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Aquila Takayama

川走 ― 作品について

ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』(1939)は、最後の一語で終わらない書物です。 628ページ目の末尾は定冠詞 the で途切れ、その続きは3ページ目の冒頭——小文字で始まる riverrun——に置かれています。 つまりこの書物の最後の文と最初の文は、ひとつづきの終わらない一文です。 この作品は、その円環構造を比喩や図形としてではなく、本文テキストそのものが円をなすかたちで視覚化した Web タイポグラフィ作品です。

A way a lone a last a loved a long the riverrun, past Eve and Adam’s, from swerve of shore to bend of bay, brings us by a commodius vicus of recirculation back to Howth Castle and Environs.

—— 結末(p.628)から冒頭(p.3)への継ぎ目。作中の外環はこの縫い目を一周に組んでいます。

題について ― 柳瀬尚紀の「川走」

「翻訳不可能」と言われ続けたこの書物を、柳瀬尚紀(1943–2016)は単独で日本語に完訳しました。 その訳業の入口に立つのが、冒頭の一語 riverrun に与えられた訳語「川走」です。 川が走る——名詞とも動詞ともつかない原語の運動を、漢字二字の造語で受け止めたこの一語は、 『フィネガンズ・ウェイク』日本語訳という偉業全体の縮図でもあります。 本作の題はこの訳語への敬意によるものです。

三つの環

白い紙面に置かれているのは、文字だけです。線も図形もありません。

外環は、終わらない一文の縫い目です。アナ・リヴィア・プルーラベルの独白の 最終節(Far calls. Coming, far! ……)が A way a lone a last a loved a long the を経て riverrun へ繋がり、冒頭文の末尾 Environs. がふたたび独白へ戻る——始まりも終わりもない一周として組まれ、 ゆっくりと時計回りに巡っています。

中環は、第I部第8章の結び——川辺の洗濯女たちの声が夜に呑まれていく 「Night now!」の一節です。外環と逆向きに、より遅く回ります。 文字の頭は中心を向いています。夜の声だけが、内側の闇へ向かって組まれています。

では、外環と同じ終わらない一文が、螺旋を描いて内へ内へと再循環 (recirculation)しています。半径が縮むにつれて文字は小さく、行間は詰まり、 墨は濃くなり、やがて文字同士が重なり合って判読を失い、ほとんど黒に近い緻密な円盤——夜の核——になります。核は眠る者の呼吸のように、ゆっくりと明滅しています。

そして核の中心には、墨に塗り込められない一点の白が残っています。 独白の言葉を借りるなら——My leaves have drifted from me. All. But one clings still.(葉はみな流れ去った。すべて。でも一枚だけ、まだしがみついている)。 夜のいちばん深いところに残る、再生の種です。

白い紙に夜を描く

この作品は、夜を描くのに黒い背景を使いません。紙は終始白いままです。 夜は、文字の集積として——墨の濃度と密度のグラデーションとして——現れます。 外周では淡く、一語一語が読める。内へ向かうほど言葉は折り重なり、 読めることをやめて、闇そのものになる。『フィネガンズ・ウェイク』が言語で夜を書いた書物である以上、 その夜もまた言語でできているべきだ、という考えによる設計です。

見かた・触りかた

放っておけば、環は自律的に回り続けます。ポインタや指で環をドラッグすると、 水車を回すように回転を進めたり戻したりでき、手を離すと慣性で滑ってから、 ゆっくりと自律の速度へ戻ります。画面左下の ‹ / › ボタンや矢印キーでも回せます。動きを減らす設定(prefers-reduced-motion)を 有効にしている場合は、環は静止し、ボタンを押したときだけコマ送りで回ります。

テキストについて

使用したのは『フィネガンズ・ウェイク』標準版(1939年初版と同一の組版)のテキストで、 オンラインの学術資料(James Joyce Digital Archive、finwake.com)と照合しています。 結末の一行は A way a lone a last a loved a long the —— 広く流通している引用に紛れ込むことのある lost という語は、原文には存在しません。 原文は日本の著作権法上パブリックドメインです(著者は1941年没)。

なお、環に組まれているのは結末・冒頭の縫い目と「Night now!」の結びの部分ですが、核の螺旋は独白の最終段落全体と冒頭文を繰り返し再循環させています。

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